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小泉総理が終戦記念日の本日靖国神社を参拝した。このこと自体は想定の範囲内だし、これまでの経緯を踏まえると参拝以外の選択肢はなかったと思う。総理としては最後の参拝ということでもあるし、このことの是非はここでは触れるつもりはない。 以前のエントリーでちょっと書いたが、個人的には総理と閣僚は在任中は靖国神社の参拝を差し控えた方がよいと考えている。理由は、主として以下の二点。 (1)靖国神社のサイトに記載されている有識者の論考や遊就館の展示の在り方などをみると、先の大戦の評価について、日本政府の公式見解(例えば、昨年4月のバンドン会議での小泉総理の演説)と微妙にズレがあると思う。戦争評価について、政府と異なる見解を有すると思われる(厳密にいうと靖国神社名義の公式見解が示されているわけではないのであくまでもサイトの資料などに基づく総合的評価ではあるが)宗教法人に参拝するというのは言行不一致の印象を受ける。 (2)外交的にプラスになることが何もない。これは、中国や韓国がダメというからやめるのかという単純な感情論ではない。中国や韓国(まあ、ぶっちゃけ韓国はどうでもいいのだが)の批判自体よりも、そこから生じる日中というアジアの二大大国の軋轢というものを他のアジア諸国や欧米がどう捉えるか、そしてそれが日本の外交政策上どういう影響があるかという点が重要。靖国参拝自体に否定的な国は、中国、南北朝鮮くらいしかないという主張は概ね正しいと思うのだが、どのような理由に基づくにせよ、日中間に軋轢が生じるということ自体について多くの国が懸念を有しており、ある意味日本がこれを誘発しているととられている面も無視できないと考える。 もちろん、そもそも中国の態度がおかしいのであり、対外的に日本の立場の正当性をきちんと説明するのが外交の仕事であるという考えもあるだろうが、そのための手間暇は膨大であるし、所詮当事者でない諸国に日本人の心情的な面を含めた靖国についての完全な理解を求めるのは到底無理である。労多くして益少なしという感じがする。 もっとも、特に上記(2)の点については、外国からの不当な圧力について国家として毅然として振舞うことが中長期的には外交面においても国益につながるのだという考えもあると思うし、それはそれで一概に否定すべきとも思わない。 要するに何が言いたいのかというと、小泉総理は靖国参拝をあまりにも個人の信条の問題として処理しすぎたのではないかということ。個人レベルでいえば、皆、自分の信ずるところにしたがって追悼の意を表する自由を有しているのは当然である。靖国でも千鳥ヶ淵でも近くの護国神社でも家の仏壇でも自分の心の中でも、追悼の意を表する場は個人が自由に選べばよい。さらにいえば追悼なんてしないという人もいるだろうし、それも個人レベルでは当然ありだろう。でも、公的立場にある人間は、その行為についてその立場にあるが故に、個人の信条に一定の制約を課されることは当然ありうる。特に、総理という立場は、常に日本の国益は何かということに基づいて行動しなければならない。もちろん、小泉総理も実はそのような観点から行動しているのだが、総理の地位を正面に出して説明することはかえって外交的軋轢を増すだけだという判断の下に個人の信条を正面に出されていたのかもしれない。ただ、やはり一国民としてみたとき、総理の行為がどのように国益に結びつくのかという点は私にはよくわからなかった。 次期総理(おそらく安部さんだろうが)が、靖国参拝について、どのような判断をされるかはわからない。私は、上述のように在任中は参拝されな方が良いと考えているが、安部さんもこれまでの自分の言動や行動との関係もあり、参拝という判断をされることもありうるだろう。総理としてそういう決断をされるのなら、それはそれでよいと思うが、その際には、個人の信条のみを前面に打ち出すのではなく、また、中国が文句をいうからいかないというのはおかしいのではないかという子供っぽい反語的な理屈ではなく、参拝を行うことが日本の国益にどのように資するのかということをもう少し明確にしてほしいなと思う。 なお、これも上述のエントリーで書いたところだが、私は靖国神社については、上記以外に、以下のような考えを持っている。 (ア)総理と閣僚以外の者は国会議員であろうとなかろうと、個人の信条に基づき行動すれば良い。もちろん、参拝したければすればよい。 (イ)いわゆるA級戦犯の分祀は、あくまでも遺族と靖国神社が決めるべき問題。総理の参拝を容易にする等の政治的意図で分祀を進めるのは本末転倒で行うべきでない。 (ウ)新たな追悼施設は、国民的合意があればつくってもいいけど、個人的には必要だとは思わない。靖国神社と千鳥ケ淵で足りている。 (エ)戦没者追悼は、各人が、自分の心の問題として振る舞えばいい。靖国神社という存在に過度に拘る必要はない。もちろん、靖国神社に拘りたい人たちは、拘ればいいのでっあて、歴史的経緯からいって戦没者の遺族が靖国神社を重視するのは当然。 なお、(エ)について言えば、国のために戦場へ赴いた人たちを追悼するのが靖国であり、そのために国の責任ある立場の人間が参拝するのが当然とする遺族の気持ちへの配慮は重要であると考える。ただし、やはり、そのことと外交面での配慮(繰り返すが、中国への配慮でなく、実態として生じる国際的な懸念にどのように対応するかということ)のバランスを考えて、行動を決めるのが政府の責任ある立場の人間の振舞い方だろう。 この点については、個人的には、天皇陛下が参拝を復活されれば良いのではないかと考える。総理が仮に参拝を差し控えられても、天皇陛下の参拝が復活すれば、遺族の気持ちは相当程度癒されるのではないだろうか。天皇陛下は現行の憲法下では、政治的な立場にはおられないのだから、外交面でみても、一見インパクトは大きくみえるが、総理参拝に比べるとむしろ外交的説明は容易なのではないだろうか。 |
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